このページのコンテンツには、Adobe Flash Player の最新バージョンが必要です。

Adobe Flash Player を取得

客席からの質問:お二人の活動は、もともとその土地で農業をやっている人たちに、どんな影響を与えていますか?

西辻:神戸の西宮に大きな農園があるのですが、産業の一つになってきています。週末になるとその辺りにクレープ屋さんがくるようになって、農園に作業に来ている人がクレープを売ったり、苗屋さんの訪問販売が来たりとか。 それから、僕らのところも、田舎で働き隊を受け入れているんですが、

そこで「祭りをつくる」というのをテーマにしていて、結構盛り上がっているみたいですね。 僕らのやっているところは少なくとも、農業コミュニティーが崩壊しているので、農家さんからの非難などは少ないですね。

曽根原:うちのところもコミュニティーが崩壊、とまでは行かなくてもかなり厳しいところですので、こういう活動が認知されると受け入れてくださいますね。最初に認知されるまでは時間がかかります。過疎高齢化がここまで進んだところに、人が来るなんて信じられないですから。でもその中で、ある一定の認知を受けるとそれは変わっていきますね。NPOの前とNPOの後でそれを2回経験しています。最初に個人でやってきたときは、地縁血縁も無い中で家を買って引っ越してきて、先ほども話したように朝から畑を耕していたら声がかかって、地域の青年団に入り、消防団に入り、そのうちに地方の農業委員会の役員にもなってしまって。減反調査とかもやっていましたね。やらなきゃいいのにと思いながら、職務ですから、といわれてやっていま した。…というようなことをやっていると、都市と農村の交流自体になじんでくると思いますね。

NPOとしても、北杜市が合併する前の須玉町に、白州町のNPOが落下傘型でいったわけですから、最初はなかなか理解されるのが難しかったです。地区で説明会なども開いて、最終的には「まあ危害はないだろうね」くらいの感じでしたが途中から若者たちが開墾してくれたりして。 開墾ボランティアにくるような人は気がいいですからね。

地元の方々とも仲良くなって。結果として耕作放棄地も解消されますから。これは悪くないよね、ということになりますよね。
そうして徐々に考え方や価値観が変わっていくと思いますね。
地域も変わっていくと思います。

時間はかかりますけどね。

でもきちんとやれば、私の経験だと3年~5年あれば出来ると思います。

客席からの質問:そのような流れやシステムをいろいろなところに増やしていこうと思ったとき、曽根原さんのような方がいて、日々努力を重ねて行かないと、地元の方の理解も得られないのかなと思うんです。誰がやるのか、人の配置というのも、重要だと思います。

曽根原:仰る通りですね。今一番、自分の仕事の時間を割いているのは、コーディネーター人材育成事業です。今年度だけでも全国で200人研修生がいて、その人たちをどのように育てていくのかを考えて研修を行っています。その人の力量にかかってしまうというのはあります。最初はそれにかかっているのではとは思いますね。でも、しかめっ面してやる必要ないですから。楽しみながら、うまくレールに乗せて行くというのが大事だと思います。お互い人間ですからね。着実に、きちんとやっていけば、3年~5年でそれなりに変わってくると思います。

西辻:地方に行きたい、耕作放棄地を耕したいという若者が地域にいくときにネックになることを調べて、それをすべて僕らがサポート出来ないかと考えていたんです。僕らなりに農家さんとかにヒアリングをしたのですが、京都の年配の農家さんに聞くと、それほど言われなかったんですが、実際に就農しました、という30代くらいの人たちに聞いてみると、お金とか機械も大事でしたが、一番しんどかったのはコミュニケーションをとって、地域と仲良くやって行くことだったと言っていましたね。さすがにこればかりは僕らがサポートするのは難しくて、曽根原さんのようにコーディネーターを育成するということを通してでないと難しいと思いますね。だから重要なポイントだと思います。

客席からの質問:都市と農村の関わり方というのを友人と話していて、それだとフードマイルかかりすぎじゃん、やっぱり地元で消費したほうが…地産地消のほうが良いんじゃないか?という意見もあるんです。今後、都市と農村の関係の在り方が、どうやって変わってくと考えていますか?

西辻:都市と農村の区別が無くなっていくと思いますね。今は東京にみんな住んでいますが、どんどん郊外に帰ろうと動いていくと思いますね。 何故東京に人が集まるのかというと、そこに仕事がありそうで、なんとなく暮らしていけそうだから、ということですよね。でもそうではなくなったら、みんな実家に帰りたいと思うのは自然な流れじゃないかと思うんです。 そして田舎のほうで、またコミュニティーが生まれたらそれはそれでいいんじゃないかなと。だからフードマイル的なものも自然となくなる方向に還っていくのではと思います。

曽根原:そもそも今日本の食料自給率が41%で、59%は輸入に依存している…というのは国内循環がよくないということですよね。都市と農村の交流というのは、国内循環を高めていくことだと思っていますので、海外からよりは国内からのほうがましですから…ということだと思っています。そういう意味で都市と農村の交流というのは、自給率を高める手段もう少し長い視点で考えてみると、経済のバランス調整というのがそれを通して行われるんじゃないかと思います。私は長野県の出身ですが、昔長野県をはじめとする田舎では、自給経済というのがベースにありました。そのほかに互酬経済というのがありました。親戚中で分け与えるというものですね。我が家は本家だったので、大変でしたよ。味噌は本家で作り、親戚中に配るんですから。また柿の木も本家にあって、干し柿を作って親戚に配るということをしていたんですね。逆に親戚からは、例えば大阪に嫁にいった人からはみかんが届く、というような。自給経済プラス互酬経済、というのがあって、ソーシャル経済や市場経済、というのがあったほうが良いと思います。今はそのような形に少しずつ戻りつつあって、バランス調整が行われているのではと思っています。

客席からの質問:そのバランスについてですが、どこまで小さい経済圏になれば、一番健全なのでしょうか?

曽根原:今41%の食料自給率はこれから10年後くらいに50%くらいまで引き上げようかなと思っています。3兆円の農業産業が育つと、自給率は50%くらいまで自ずと向上すると思っています。私は70%くらいまで上がるんじゃないかと思っていますが、例えば70%と考えると、輸入が30%であると。そうなったときの自給経済圏、近い都市としての甲府圏、遠い都市としての首都圏、というのを考慮したうえでの、流通構造の再配置というのはその時期のバランスがあると思います。西辻:僕も、将来的に農村部に行きたいと思ったとき、親戚や友人など誰でもいいですが、30人くらいの野菜を作ったときに食べてくれる人たちがいたら良いなと。あえて市場経済で計算すると、総務省の調査で野菜は一人7万円くらい食べているらしいので、4人家族だったら3人分くらいにしておいて、21万円くらい食べていると。だから30人分くらい作れば十分生きていけると。

曽根原:西辻さんがやっているのは、現代版の自給経済と互酬経済を実現していると思いますね。

客席からの質問:そうすると、貨幣経済じゃ評価できない部分が出てくると思います。
そこへの価値の与え方というのはどうなっていくのかと考えています。お金でしか判断が出来ない私たちにとって、新しい価値の与え方というのはどうなっていくのでしょうか。

曽根原:それはコミュニティーベースでの価値をどう考えるかだと思います。コミュニティー価値というのは、コミュニケーションの量とか、ネットワークの量とか。出会いの機会の量とかね。
西辻:仮に、現在貨幣価値しか評価軸にないのならば、もうだったらつくっちゃえ!ばいいと思うんです。例えば、曽根原さんが美味しい味噌をつくっていて、その味噌といろいろな物を交換しに来てくれる。その味噌を食べたい人には、例えば黄色いリストバンドをつけてもらう。そういう人が増えると交換できるものが増えますから、それってある意味の貨幣と同じですよね。だから曽根原さんは、そのリストバンドを付ける人を増やすというきわめて宗教的な活動を行うと(笑)。そういうように、自分で作ったらいいんじゃないですかね?新型物々交換ですよ。

曽根原:昔はたくさんありましたよね。だから昔は家族で暮らしていても、あまりお金を使わなかったですよ。西辻:僕は、今一人暮らしなんですが、マイファームの社員さんのお給料は手当てがやたら付くんですよ。ベースはみんな大体同じ。僕は、一人暮らしの未婚、だからほとんど手当てが無いんです。そうすると、普通の社員さんとほとんど同じお給料になるんですが、でもいつも農家さんから野菜が届いて、食費がうくんです。なので、自分が他に使えるお金は増えますね。

曽根原:昔はそういうのがよくあったんですけどね。今でも残っているのは、田舎から出たサラリーマンの家に、毎年おじいちゃんがお米を送るということ。でも今はそれも消えていってしまっている。こういう活動はそれを結びなおしているんじゃないですかね。家族という形ではなくて、新しいテーマ設定のもとに、作り直しているとことろじゃないですかね。

大和田:11月の開墾ツアーに行ったとき、開墾インストラクターを育成するんだということで西会津の方をお連れしたんですね。その方は兼業農家ですから、ロープを使うのも根を抜くのもプロなんですよ。彼はそれに何の価値も置いていないんです。でも都会から行った人たちは「すごいね」というわけですよ。その人はにわかに自信を持って、都会の人たちは「ぜひ今度は師匠の家に行きたい」と言い出すわけです。そこから、都市と農山村の人の交流が始まりました。

客席からの質問:西辻さんが、「ビッグローブファーム」というのをやっていると伺いました。なぜこれをやることになったのかということをお聞かせいただけますか?

西辻:マイファームは株式会社ですから、きちんと収益を上げなければと思っています。その収益の上げ方を考えるとき、いつも「マイファームさん農業でしょ」といわれるんですが、僕らは自分たちは「農業の振りをした別の産業」だと思っているんですよ。体験農園のお金の取り方というのは、教育の市場からマーケットを持ってきていると思っていますし、婚活もやっていますが、それも婚活という新しい市場からお金を引っ張ってきている。マイファームは、そういう「ドンキホーテ」的な立場だと思っているんですが、それと同じく、ITの市場から何か持って来たいと思っているんです。以前、三木谷さんの講演を聞いたときに、ITといのうのは情報産業だから、まずは「伝える」ということが大事なんだ、ということを言っていたんです。畑にいるときはITを使わなくても直接話せるので必要ありませんと。だったら畑にいないときに、どう伝えるかと考えたとき、「畑にいないときに畑にいるときのように感じさせてくれるもの」をITとして活用をしようと思ったんです。自動的に水やりますとか、収量上げますとか、そういうのはまったく興味が無いんです。

そう思っていろいろな会社さんと話をしていくと、他の会社さんは例えば農地用のカメラを売ろうとしたりしてくるんです。でもビッグローブさんは観点が違って、それを「事業として」取り組みたいと仰ったんですね。単なる売込みではなくて、事業としてやりたいと。ビッグローブはプロバイダーの会社です、と仰ったんです。 でもこれからは、プロバイダーとしてつなげたところから、ポータルサイトを持って消費者に「伝える」ということを重視して事業をしています、と仰ったのを聞いて、もしかして僕らと同じ世界を見ているのかな、と思って、一緒に始めたのがきっかけです。他の会社さんからも似たような話があったんですが、消費者に対して伝えると今後ビッグローブファームはパワーアップしていくようですよ。でもあくまで僕らは畑でものを伝える役目なんです。畑にいないときは、彼らが伝える役目をする、そのくらいです。