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大和田:「マイファーム」では“自産自消”、地産地消ではなく、自分で作って、自分で消費する、という新しいライフスタイルを提唱されていますが、これについて少しお話いただけますか。」

西辻:2007年に、エティックという団体→(※社会起業家を育成支援しているNPO)があるのですが、僕が代表の宮城さんと一緒にいたとき、「キャッチフレーズが無い」と突っ込まれたんです。そのときに、自分で作って自分で食べる…自産自消ですかね、といったら「それだー!」といって、そこから始まったんです。僕は宮城さんにだいぶ育てられまして。最初の頃はよく宮城さんに、一緒にくっついてまわらせてもらってたんです。そこから始まって、「自給自足じゃないか」と言われるとちょっと違うなと、固いし、閉じた感じがしていたので。
さっき曽根原さんが「20年後のことを考えたら」とおっしゃったんですが、僕らも今の社会がどうだろうというよりも「10年後」にどんな社会になっているか、という視点から、 じゃあ今の社会はどうなのかな?と考えているんです。
僕らの世代ってなかなか出る杭にもならない世代でして、仕事楽しいとかあまり思わないし、社会に対しても、「政治家なんて知りませんし、期待もしません」、という感じの世の中で育ってきています。今ある社会に失望している訳ではないのですが、新しい社会が必要だと。その観点から、どんな社会になっているだろう?と考えると…今よりももっと、個人の力が強くなってくるだろうなと。
先ほど曽根原さんも仰っていましたが、これから雇用も少なくなってきて、都市部にいる意味があまり無くなってくる。目指すものっていうのは、全部自分で作るというようなストイックなものではなくて、自分で作りながら、それを交換したりとか、そういうコミュ二ティーが作れたらと思っていたんです。お客さんのニーズも変わってきていて、最初は、ロハス/スローライフの人たちに使ってもらいたいと思っていたんですが、起業してからは、「食糧難にそなえなきゃ」という人もいますし、「将来の社会は大変なことになっていくだろうから、今のうちに作物くらい作れないと」という人もいて。最近は、そういう人が増えましたね。
まさに曽根原さんが思い描いていた社会が近づいてきていると感じています。

大和田:曽根原さんは「都市農村交流」をやっていますが、都市に住んでいる生活者のライフスタイルはどのように変化しているとご覧になっていますか?

曽根原:変わっていますね。始めた頃、15年前は単なる変わりものだったんです。そういう風に、社会からは見られましたからね。ミレニアムくらいからでしょうかね。1999年から2000年あたりに変わりましたね。2000年に、年が変わるときってよくテレビで対談とかがやっているじゃないですか。「世相を斬る」とかいって。お名前は忘れましたが3人が話をしていたのですが、最後に「もしかしたら21世紀は農の時代になるかもしれない」、とぼそっと言っていたんですよ。その位から変わってきましたね。それから、2008年のリーマンショックでしたね。 2008年の春頃、対談番組にでたんですよ。テーマが与えられて、2つに別れて討論するというもので。そのときのお題は「日本は農産物を輸入した方がいいのか。それとも 基本的には自給した方がいいのか。」というものでした。2008年、リーマンショック前の対談では、どんどん輸入しよう、という論調が強かったのですが、リーマンショックの後はどうしたんだろうと思うくらい、変わりましたよね。

西辻:すごい変わり様でしたよ。僕らの農園の使い方も変わりました。今までは花とか植わっていたんですが、花も植えなくなって、今年は「畝とかに植えちゃダメですか?」という質問までくるようになりましたよ。時代は変わりましたね。話が変わってしまうのですが、植物工場の可能性について、研究プロジェクトに研究員として入っていたんです。ですが、僕は途中で辞めました。辞めさせてくださいと言って。ある大手のLED→(※発光ダイオード。植物工場における光供給に使われます。)の会社の人が、「ま、装置が売れたら儲かりますからね。」というのを聞いて、これは農業のためにはやっていないと。装置を売るための話なんだ、と思ったら、なんだか納得できなくて。あるときテレビで食品のサンプルを作る番組を見ていたのですが、あーこれが食べられたら植物工場といっしょだな、と。そんなこと考えだしたら、これは農業じゃなくてビタミン剤の工場だなと思ったんですよ。

大和田 : 「全国の農家数は2005年現在、約285万戸。あと5年で農業を辞めると見込まれている農家数は55万人。10年後には1/4が高齢化に伴い離農するという予測もあるほどで、農家は減る一方ですね。一方、個人で新規就農する人や、企業の農業参入などがここ数年急増しているように思いますが、農業に携わる人を増やし、40%という低い食糧自給率を向上させるにはどうしたら良いのでしょうか。曽根原さんお願いします。」※全国の農家数は2005年現在、約285万戸。2000年農林業センサスに比べ約27万戸(9.0%)減少

曽根原:私にとってはここが一番の出番ですね。1993年に二つのバブルが崩壊して、その時2015年マスタープランというのを作ったんですよ。いろいろなトレンドの項目を列挙して、シミュレーションして、どのような社会状況になるのかということを。2008年リーマンショックを当てましたからね。次は2012年ですね。そこは危ない。統計データを調べてきて、曲線の推移を用いて、解析していく。そこから、この辺りは危ないかもしれない、と考えていくんです。そうしたものは社会心理に影響を与えますから、社会心理としてどういう方向へ進んでいくのかと。

日本が足下を固めるためには、日本が持っている資源をうまく使うのが有効であると。日本のリソースの中で一番重要なのは、地上資源、国土のもの、農地、森林、水資源などですね。そもそも日本の林野率は世界で三位。水資源も海洋資源、河川資源を含めて非常に豊富である、ということを捉えつつ、世界的な状況を見ると、これらが戦略物質であると。しかしこれらを管理する地方農村はもうガタガタですから。農村資源を有効活用するための人、モノ、金を再配置するための「都市農村交流」が有効であると考えました。
でもこんなことをいきなり言うだけだとなんだ、と言われるだけなので、最初に自分で試してみて、NPOベースでやってみて、それをネットワークで拡大して行こうと。そんなことを考えつつ、やってきました。今後はこの分野が非常に有望ですから、数々の課題が列挙されていますが、全然心配していません。逆に都会の方が心配ですね(笑)。おそらくこれから、時代のスイッチが切り替わって、この分野は成長するだろうと思ったとき…今後10年スパンくらいで、10兆円産業になると予想しています。

農林漁業 3兆円。交流/観光 2兆円。建築不動産 2兆円。再生可能エネルギー 1兆円。情報/教育/メディア 2兆円。占めて10兆円。これが無いと日本はダメですね。10兆円で100万人の雇用が生まれる計算ですね。

西辻:雇用と言えば…君たちの会社は労働集約的すぎるよ、と言われるんですが、どんな評価をするんだ、と思いますね。

曽根原:私がこの10兆円を試算するときに、山梨をモデルに使ったんです。山梨って日本全土の100分の一モデルなんですよ。全部がだいたい100分の一。もっと小さいモデルが増富なんです。それから北杜モデルがあって。山梨モデルがある。それを抽象的にでは無く、実際にある資源をもとにして考えると、そういう風になる。全体が10兆円なので、その100分の一だとすると山梨で1000億円ですよ。そうすると、山梨で100億円のうち20億くらいが水力発電。バイオマスが5億~10億円。太陽電池が30~40億円。残りは農村型電気自動車で、20~30億あるんじゃないかと。日本中に農村に張り巡らされた農業用水路って、地球10周分の長さがあるんですよ。そこで小さい規模で水力発電すると、電柵も張れるし、そこを電気自動車の充電ポイントとしてもいいし。100kw級の水力発電機を100個作ると、それだけで電気自動車3万台を走らせることが出来るんですよ。

開墾しながら考えていたんです。いい加減だけどね。統計オタクってやつですよ。社会地理の教科書の後ろに統計が載っているじゃないですか、ああいうのを見るのが大好きだったんです。

大和田:これからマイファームは学校を始めるということで、滋賀に農地を確保されたとのことですが、この事業について聞かせてください。

西辻:僕と岩崎の2人で会社を作っていて、僕は耕作放棄地に執着しているんですが、岩崎はたくさんの人に農業してもらいたい、土に触ってもらいたいというところに執着しているんです。さっき曽根原さんが仰ったように、地方の耕作放棄地の方が大変だと。そこに担い手がいない、ならばそこで担い手になりたい人を作りたい。東京から来てくださいね、と言ってもらうよりも、増富に行きたい!!という人を増やして行く流れをつくりたい。

今、地方で耕作放棄地を市民農園にして土に触ってみてくださいと。土に触った人の中から、本当に地方に行きたいんですが、という人が出てきているんです。そういう人たちが出てきたので、本当に真剣に考えてみましょうか、というのが今回の事業です。滋賀の野洲という所です。最終的には、地方に行きたいという人たちに向かって、ここが窓口になりますよ、ということをやっていきたいんです。

マイファームアカデミーといっていますが、実は、大きな農業生産法人がつぶれて、そこの市から「マイファームさんやってください」という依頼を受け始めたんです。

曽根原:今こちらでは関東ツーリズム大学というのをやっているんですが、関西ツーリズム大学というのをつくる話をしているんですよ。関西の方も、中小企業の経営者がやりたいと言っているんです。ちょうどつくろうかという話をしていますよ。関東ツーリズム大学というのは、都市と農村の交流/連携をしながら、農村の活性化をし、都市の問題も解決していきましょう、という活動なんです。
今までは山梨県を中心に都市と農村の交流を行ってきたんですが、もっと広げていこうということで。1都10県の関東圏の協力的な拠点と一緒になって、人材育成を一緒にやろうと始めています。
3月23日には丸の内で、今7つあるキャンパスに加えて一つキャンパスが増えるんです。
関東ツーリズム大学丸の内キャンパス。ここのオープニングを行います。都会では開墾できませんから、このような活動に関心のある個人、企業に集まってネットワークを築けるような場所をつくっていきたいと思っています。3年後くらいまでに、関東ツーリズム大学の100拠点構想ということで、取り組んでいるんですよ。関西でも作りたいという声がありますしね。でも関西ではどうしても人がまとまらないみたいですね。今回、やりたいと相談してきている人は三重県の人なんです。…辺境からいった方がいいのかもしれませんね。中央じゃなくて。関西ツーリズム大学グループ開墾でもしたらいいかしらね。

西辻:曽根原さんと僕の共通点って、先を見ているということですかね。よく「重いプレッシャーを背負っているんじゃないですか?」ということを言われるんですが、そんなことないですよ。怒られたことも、僕はすぐ忘れちゃいますから。

…曽根原さんの人生ってどうなっていくんですか?

曽根原:2030年マスタープランまで作っているんです。
マル秘ですが(笑)。
西辻:ずっと山梨に住んでいくのですか?
曽根原:そうですね。家族もいますしね。
西辻:10年後の社会ってどうなっているだろうと考えながら、それに自分自身がどう関わっているのかとすごく考えるんです。福井に帰って、耕し人になっているのか。それともサポートする人になっているのかなと。はたまた日本に愛想を尽かして国外逃亡かなとか(笑)。
曽根原:社会構造の中でどういう役割をしていくのか、ということは考えますね。自分自身がどのような役割だったら全体がうまくいくかと考えたことがあったんです。昔は、バンドでは早弾きの曽根原とも言われてやっていたのですが、何となくうまくいかなくて。途中からプロデュースをし始めたら、とてもうまくいったんです。モデルとしての形をつくった後、自分は引いていろんな人に参加してもらおう、と。その上で、2008年から、ネットワーク拡大期としているんです。拠点を拡大した中で、全体をコーディネートして行こうかなと。
西辻:本当は僕、こういうのあまり得意じゃなくて。曽根原さんの逆なんです。一箇所でずっとそれをやっていきたい。もともと、研究しようと思っていたくらいですから、本当はそっちのほうがやりたくて。
でもこういう社会になってほしいから、という思いを持ってやっているんですが
…なんだかそっちに引っ張られている感じがするんです。
…そっちに行かなきゃいけないのかなと。
曽根原:何かを広げるということより、一つのクオリティを高める分野を担いたい。
西辻:そうですね。そういうところをやりたいです。